関根和弘/Kazuhiro SEKINE(@usausa_sekine)さんの人気ツイート(リツイート順)

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タモリさんが35年間、ミュージックステーションの司会を務め、ギネス認定されたという。 一番印象に残った出来事として「t.A.T.u」と答えたようだ。 若い人たちは生で見ていないだろうし、t.A.T.u自体知らないかもしれない。当時を知る人にとっては確かに衝撃ではあった。
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まず、ドタキャン自体は完全に仕組まれたもので、「絵」を描いたのは2人のプロデューサーだった。そしてドタキャンすることは、t.A.T.u.も知らなかった。 番組中、2人が控室で待っていると、プロデューサーから電話が入り、「今すぐそこを立ち去れた」と支持を受けたという。 出演まであと10分。
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「タトゥー 後悔の10年」という記事になり、紙面とデジタル版に掲載された。 もしかしたらまだ、誤解している人がいるかもしれないので私が2人から聞いた真相についてここに書いておきたい。2人の名誉回復の意味もある。
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当時はその奔放な振る舞いもあったためか、彼女たち2人の非常識、わがままで起きたこと、というイメージが固定化された。 僕はそれがどうにも腑に落ちなくて、というのも少なくとも本人たちの弁がなかったので、それから10年後の2013年、彼女たちに実際に取材して真相を聞き出すことができた。
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2人は「何で、何で?」と尋ねたが、「理由は後で話す」と言われ、結局仕方がなく番組スタッフの制止を振り切ってテレビ局を飛び出したという。 2人はプロデューサーからあとで「話題作りのためだった」と理由を打ち明けられた。ただ、この一件以来、日本での人気は急速にしぼんでいった。
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僕もその一人だった。ソ連崩壊後に誕生した新生ロシアから突如話題の女性デュオが世界中で大人気になり、日本にもやってきて出演したのがミュージックステーションだった。 ところが番組の生放送中に突然姿を消すという前代未聞の「ドタキャン騒動」。
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2人は僕のインタビューの中で何度も日本への謝罪の言葉を口にしていた。リェーナ・カーチナさんは「100%私たちが悪かった。謝罪の気持ちでいっぱいです。彼は時間に厳しい日本の文化を見誤っていた。私たちも若くて、言いなりだった。ばかだった」 元々、カーチナさんは日本好きで、
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スニッカーズの日本版CMの出演依頼が来て、久しぶりに来日が実現した。 さらにこれは日本ではないが、2014年のソチオリンピックの開会式にも出演し、日本でも報じられた。 というのが、事の顚末でした。ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。最後に2人の取材時の写真を紹介します。
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そして、当時の動画がまだYouTubeにあったのではっておきます! 女性デュオ「t.A.T.u.」の今 ドタキャンから10年 youtube.com/watch?v=xs8Jz1…
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幼い頃は「セーラームーン」に夢中になったという。ロシアのこの世代の女性には共通体験であり、ロシア人にとっての日本の好感度はこの作品のおかげで相当高まったと思う。 カーチナさんはドタキャン後も日本のことが忘れられず、東日本大震災が起きたときにはチャリティーソングも作っている。
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ドタキャン騒動から1年後、2人はプロデューサーとの契約を打ち切って再出発した。「ゴメンナサイ」という名の謝罪ソングもつくったが、人気は戻らなかったという。
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「世界に一泡吹かせたt.A.T.u.はロシア人の愛国心とプライドに必要な存在だった」と明かしている。 ただ、そういった大人の事情に若い2人が巻き込まれ、誤解からレッテルを貼られたままになっているのは理不尽だと思った僕はこの取材結果を記事にした。 この記事がきっかかとなって2人に対し、
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一方、ユーリャ・ボルコワさんも日本への謝罪の気持ちと日本が好きだという思いはずっと持ち続けていた。 それにしてもなぜプロデューサーはドタキャン作戦を思いついたのか。いくら話題作りのためとはいえ、リスクはあるし、実際、日本の反発は強かったわけだ。
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t.A.T.u.のプロデューサーもその一人で、元々は医師で音楽業界とはまったく接点がなかったという。 ソ連崩壊直後、医師の仕事を辞めて広告会社などを転々とし、300万ドルの低予算で音楽ビデオを制作したことをきっかけにt.A.T.u.のプロデューサーになったという。 売り出しの戦略は過激路線で、
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残念ながら当時、プロデューサーは重い病気で取材がかなわなかった。 そこでロシアのショービジネスに詳しい別の業界の人に話を聞いたところ、背景事情から説明してくれた。 ソ連が崩壊して市場経済にがらりと変わると、一攫千金を狙ってショービジネスに挑もうとする人たちが次々現れた。
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日本でのドタキャン作戦もそうだが、ロシアの大統領選に2人を立候補させようとしたこともあった。 ソ連崩壊によって自信を失っていたロシア人にとって、世界を席巻するt.A.T.u.はロシア人の誇りのような存在だったようだ。 t.A.T.u.のドキュメンタリー番組を作ったことがあるかある監督は