1501
福島第一原発の吉田昌郎所長が、政府事故調を設置した菅直人氏について語ったこと。「私も被告ですなんて偉そうなことを言っていたけれども、被告がべらべらしゃべるんじゃない、馬鹿野郎と言いたいですけれども。議事録に書いておいて」(吉田調書)
1502
菅直人内閣の参与だった松本健一氏は、産経新聞に証言した。震災発生後の3月23日、仙谷官房副長官と菅氏に「復興ピジョン案」を示し、了解を得た。ところが菅氏は1週間後に「復興構想会議をつくるから」と案をにぎりつぶす。会議が3か月後まとめた提言には「私たちの案を超える内容は一つもなかった」
1503
菅直人氏が安倍晋三氏を訴え、完敗した訴訟で2015年12月に東京地裁が認定した事実。「海水注入の実施を決定したのは原告(菅氏)だとの虚偽の事実を側近が新聞やテレビに流した」「官邸は、海水注入を渋る東電に対して海水を使うよう原告が指示したと受け取ることができる情報を発信した」。
1504
福島第一原発の吉田昌郎所長が、直接首相官邸とやりとりすることに示した違和感。「何で官邸なんだというのがまず最初です。何で官邸が直接こちらにくるんだ」「最初、官邸と電話なんかする気は全くなかった」「官邸と現場がつながること自体が本来ありえない」(吉田調書)
1505
そういう反応はあるだろうと予測できたけれど残念なこと。菅直人氏について公文書、証言その他事実を書いただけで菅叩きだと言われる。心底許せないと思う実態を書くと現政権擁護だと決めつけられる。そんな反応をする人は、よぼと党派性だけで生きているのだろうなあ。
1506
福島第一原発事故の現地対策本部長だった池田元久元経産副大臣は、政府事故調の聴取に菅直人氏と朝日新聞について述べています。「(菅氏がイラ菅を)打ち消しにかかって、あの日以外はほとんど冷静だったと朝日の記事で言わせたり」
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そのニ、福島第一原発の吉田昌郎所長が菅直人首相からの電話について述べたこと。「ごく初歩的な質問を菅さんがして(中略)結構忙しいときだったんだと思うけど、縷々ご説明したと」(吉田調書)
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福島第一原発の吉田昌郎所長が菅直人首相からの電話について述べたこと。「どっちかというと質問です。水素爆発はどういうメカニズムで起こるんだということとか、それは水蒸気爆発とどう違うのかというような」
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福島第一原発の吉田昌郎所長のベントに関する発言。「一番(距離感が)遠いのは官邸ですね。大臣命令が出ればすぐに開くと思っているわけだから、そんなもんじゃない」(吉田調書)
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当時、厚生省の課長で後に次官になった官僚から、あれは前任者がほぼ仕上げていたことの手柄を取ったのだと聞きましたが、それ以上詳しいことは分かりません。 twitter.com/P28681557/stat…
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ちなみに、市川氏の秘書の弟が、佐々敦行初代内閣安全保障室長でした。佐々氏があるとき、姉に「市川さんは菅氏のことを評価しているのか」と聞くと、姉は「とんでもない。菅は良くないと言っているわ」と答えたそうです。これも産経紙面に書いています。 twitter.com/gongon43444/st…
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ちなみに、私がここでツィートしていることは、みんな産経紙面か雑誌でもう書いたことです。ただ、映画Fukushima50への反応を見て、あまりにそうした事実が知られていないか忘れられているようなので、改めて記しています。
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菅直人氏が市川氏の後援会名簿を勝手に持ち出して、自分が選挙に出る際に寄付を募ったことは、市川氏の国会報告に書かれています。有名な話です。 twitter.com/gongon43444/st…
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ええ、当時の秘書官から「俺は歴史に名を残したいんだ」が口癖だと聞きました。それを記事にしたところ、本人は否定していましたが、秘書官の言葉は同僚も聞いていますから事実でしょう。山川の高校日本史教科書に「震災対応の不手際」が記述されましたから本望だと思います。 twitter.com/P28681557/stat…
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ところが、班目春樹原子力安全委員長が「現場に向かうヘリの中で詳しい話をしようとした途端、『オレの質問にだけ答えろ!』そう怒鳴られてしまいました」(『証言 班目春樹』より)
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菅直人首相が原発事故の翌日の3月12日朝、周囲がみんな制止するのを振り切って現地視察を強行したのはなぜか。同行した班目春樹原子力安全委員長は同月28日の参院予算委員会で証言した。「菅首相が『原子力について少し勉強したい』ということで私が同行した」
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菅直人氏がかつて示した大規模自然災害の対処法。2004年に台風被害が猛威を振るい、新潟県越中地震で10万人の被災者が出た際にはHPに記した。「あい続く天災をストップさせるには、昔なら元号でも変えるところだが、いま必要なのは政権交代ではないか」
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かつて原発推進派だった菅直人氏の脱原発理論。「私が講演で『昔の人の生活は、童話で出てくるように、おじいさんが山に柴刈に行き、おばあさんは川に洗濯に行く、全て再生可能エネルギーだったのだ』と言ってもまだなかなか納得されない」(菅氏の平成26年7月ブログより)
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菅直人首相は平成23年1月の施政方針演説には、わざわざ「私自らがベトナムの首相に働きかけた結果、原発施設の海外進出が初めて実現します」との自慢を盛り込んでいます。
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菅直人内閣は平成22年6月に閣議決定したエネルギー基本計画で、42年までに原発14基以上を新増設し、発電量の50%を原発で賄うという方針を打ち出しました。
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元朝日新聞主筆、船橋洋一氏の著書「カウントダウン・メルトダウン」にある東電本店に乗り込んだ菅直人首相の描写。「そのうち、菅が舟をこぎ始めた。『総理、しっかりしてください』と寺田(学首相補佐官)は菅にささやいた」。怒鳴った後、寝たらしい…。
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その②、菅直人首相が東電本店に乗り込み、叱責演説をしたことに対する福島第一原発の吉田昌郎所長の言葉。「何かわめいていらっしゃるうちに、この事象(4号機が水素爆発など)になってしまった」
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菅直人首相が東電本店に乗り込み、叱責演説をしたことに対する福島第一原発の吉田昌郎所長の言葉。「ほとんど何をしゃべったか分からないですけれども、気分悪かったことだけ覚えています」
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東電福島第一原発の吉田昌郎所長が、東電が全面撤退する意向だとカン違いしていた菅直人政権の官邸政治家たちに向けた言葉(吉田調書より)。「アホみたいな国のアホみたいな政治家」
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東電福島第一原発の吉田昌郎所長の死後、菅直人氏は吉田氏を「戦友」と呼びました。その吉田氏の言葉(吉田調書より)。「(首相を)辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」
「辞めて、自分だけの考えをテレビで言うというのはアンフェアも限りない」