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「はあ」
「こっちの神様に気に入られてしまったのね。夢と現実が反対になっちゃった」
可哀想だから奢るわ、と言って勘定を済ませると霊能者はどこかへ去っていった。
後には私だけがぽつねんと佇んでいる。親父の顔が上手く思い出せなかった。幼い頃の記憶も。ただ祖母と呼んだ女の顔だけ浮かんだ。
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私は仕事でよくその山によく入る。会社の小さい事業所が山道の脇にあって、たまにそこの野良仕事を手伝うのだ。その日も資材置き場の整理を手伝っていた。蝉の声が煩わしいが、昼になって暑くなるとかえって静かになった。私は全身汗だくで、事業所にひとこといって近くの川へ涼みに行くことにした。
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神社の境内に一歩踏み入れた途端、私は近所の裏山の神社にいた。あれ、と我に帰ると、次第に色々な事を思い出し始める。登山に来ていた事、私の勤務する会社に山中の事業所などない事、見知らぬ女性を祖母と呼んでいた事。こうなると何だか全部夢だった気もしてくる。白昼夢だ。
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普段はすぐそこにある川に、なかなかたどり着けない。まさか迷ったかな、と足取りが遅くなる頃、突然向こうに知らぬ神社が見えた。あ、これが祖母の言っていた……とすぐにわかったが、何故か足はふらふら吸い寄せられる。
「おうい、行っちゃいけんよぅ」
祖母の声が聞こえたが、足は止まらない。
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そういえばここいらはむかし姥捨山だったか。いや、何とか体験と伝承に因果関係を結ぼうとするが、どう考えても正確なところはわからない気がした。ただ山で何かに取り込まれたのだ。何しに私を取り込んだのだろうなぁ、と考えてもとんとわからぬ。
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異類婚姻譚が悲劇で終わりがちなの、幸せな生活だと記録に残らず後世に伝わらないから結果的に悲劇だけ残るって説好き
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朝、すぐに実家へ電話をかけて事情を聞いた。
「何だお前、山菜の煮込み食わなかったのか、ありゃあ美味かった」
「あれ何なんだい」
「さあ?でもじいさんも曾祖父さんもあの婆さんに色々食わしてもらっていたぞ。今まで忘れてたなぁ」
家族ぐるみで化かされていたのか。
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そのうち、その事も思い出さなくなった。随分経って飲み屋で霊能者と名乗る人間にその事を見てもらった。
「あ、可哀想にね、あなた本当にその神社に行くべきじゃなかった」
「はい?」
「あなたそっちの人よ、こっちに来ちゃったから、今のお父さんの子供ってことになったのよ」